国土交通省が2024年度の建設投資額の見通しを73兆200億円、2.7%増と発表しました。建設業界はコロナ禍以降、物価高による資材や燃料の価格高騰、人手不足などの課題に直面していますが、これらはDXを活用する事で解決できる可能性があります。建設業が抱える課題と具体的な対策、そしてDXによる解決の方向性について解説します。
目次
-建設業界が抱える3つの課題
(1)建設投資額の推移
(2)物価高、人件費の上昇、仕事はあっても利益が減少
(3)時間外労働の上限規制と人手不足
-受注件数減少への対策
(1)既存サービスの付加価値を高める
(2)事業の多角化
-資材価格高騰への対策
(1)早期の仕様決定と発注
(2)スライド条項の適用
(3)資材の調達先の見直しと多様化
-人手不足への対策
(1)現場支援体制の整備で現場業務を効率化
(2)採用力の強化
-3つの課題解決に貢献するDX
建設業界が抱える3つの課題
建設投資額、物価高騰や人件費上昇、人手不足などによって、発注量は増える傾向にあるものの、時間外労働の上限規制や人手不足によって事業者が受注できる件数は減少し、物価高によって利益確保は難しくなっていると考えられます。建設業界が直面している3つの課題から解説します。
(1)建設投資額の推移
建設投資は1992年度の84兆円をピークに減少傾向が続き、2010年度には1992年度の半分程度の42兆円まで減少しました。その後の東日本大震災の復興需要を受け、緩やかな回復傾向が続いています。
2024年度の建設投資について、国土交通省は前年度比2.7%増の73兆200億円となる見通しを発表しました。内訳としては、政府投資26兆2100億円(同3.7%増)、民間投資46兆8100億円(同2.2%増)と推計されています。
出典:令和6年度(2024年度)建設投資見通し(国土交通省)
(2)物価高、人件費の上昇、仕事はあっても利益が減少
コロナ後の需要回復やウクライナ情勢の影響で資材価格の上昇が続いています。原油や資材価格の高騰、人件費の上昇により、受注増でも利益確保が難しくなっています。特に建設資材は、国際情勢の影響と為替のダブルパンチになっています。さらに、働き方改革の賃金引上げも収益を圧迫しています。
2023年の企業の倒産件数は8497件(増加率 前年比33.3%)と急上昇し、2015年(8517件)に迫る、バブル崩壊後もっとも高い水準になりました。2023年の建設業の倒産理由のトップは物価高(186件、前年の2.7倍)でしたが、2024年上半期では人手不足倒産が急増しています。2024年4月から時間外労働の上限規制が適用された建設業と物流業で全体の45.4%を占め、建設業では前年同期の51件を上回る55件と高水準となっています。また、全業種を通じて従業員数10名未満の小規模事業者が多くを占めています。
出典:企業の「倒産」が4月以降に急増の恐れ!帝国データバンクが最新データで解説 | 倒産のニューノーマル | ダイヤモンド・オンライン
出典:人手不足倒産の動向調査(2024年度上半期)|株式会社 帝国データバンク[TDB]
(3)時間外労働の上限規制と人手不足
時間外労働の上限規制で従業員の総労働時間が抑制され、さらに高齢化による技能者の減少が建設業界の人手不足に拍車をかけています。工期遅延や受注できる工事件数の減少が起こり、収益は圧迫され、人手不足倒産に招いています。
人手不足倒産の回避には、損益分岐点を超える受注件数をこなせるよう従業員を増やすか、従業員は増やさずにより多くの仕事をこなさなければなりません。後者には、デジタル化やDXによる生産性向上が効果的です。
<ここまでのポイント>
・建設投資額から、発注金額は増える傾向にある。
・物価高や人件費上昇によって利益確保が難しくなっている。
・時間外労働の上限規制や人手不足で事業者が受注できる件数は減少。
受注件数減少への対策
長時間労働の抑制によって工期が長期化して受注できる件数が減少した場合、その対策として1件あたりの受注金額をあげること、収益率を高めることが考えられます。収益率アップにはデジタル化、DXによる業務効率化が有効であり、空いた工数を新規事業に充てられ、デジタルを活用した新サービスが生まれる可能性があります。
(1)既存サービスの付加価値を高める
自社の周辺業務に手を広げたり、発注者の利便性を高めるサービスを付加したりすることで、1件当たりの受注金額アップをめざせます。デジタル化やDXによって、従来のサービスに新たな価値をつけられます。たとえば、BIM(Building Information Modeling)の3次元モデルを活用した施工シミュレーションや維持管理サービス、IoTセンサーを活用した予防保全などの独自のサービスを提供することで、他社との差別化を図る事ができます。
(2)事業の多角化
異なる分野の事業を手がけていると不測の事態に対応しやすくなり、経営基盤が強化されます。 その一方で新規事業のリスクとなるのは初期投資と販路拡大であり、これらのリスクを抑えようとすると、現業との親和性が高く既存取引先に営業できる領域や、保有する経営資源を流用できて少ない投資で着手できる領域を選択することになりがちです。設備投資や事業リスクが低い領域を選び、スモールビジネスで始めることが推奨されます。また、建設業の知見を活かし、他業種に展開するのも有効な戦略です。
設備業でも、そうした視点をもって再生可能エネルギー事業への参入やリフォーム・リノベーション事業の強化に取り組む会社が多いようです。デジタル化・DX活用することで、現業との兼務や少数精鋭での効率的な事業運営が可能になります。
<ここまでのポイント>
・受注件数減少への対策は1件あたりの受注金額をあげることと、収益率を高めること。
・工事単価アップのための付加価値サービスや事業の多角化が考えられる。
資材価格高騰への対策
デジタル化・DXでさまざまな情報が一元化されると、資材購入価格の把握や原価管理が容易になります。適正な在庫管理で資材購入のムダを回避でき、見積段階での利益管理から工事原価の管理によって、工事ごとの利益をリアルタイムに近い状態で可視化できます。原価と利益を把握できると、利益確保のさまざまな手を打てるようになります。
(1)早期の仕様決定と発注
早めに仕様を決定できれば、受注後の資材発注のタイミングを選べて、価格を抑える工夫ができます。現在のように価格が上がり続ける状況では、早めの発注が有利となる場合があります。CADやBIM、拾い出しソフトなどのITツールによって必要な資材の種類や数量を正確に把握でき、早期発注によるコスト削減が可能になります。
(2)スライド条項の適用
スライド条項については、皆さんよくご存じだと思います。しかし、スライド条項が契約書に含まれていても、資材価格の変動に対応して適用できなければ意味がありません。ITツールを活用して、リアルタイムに近い形で実行予算や工事原価を管理することで、価格変動への迅速な対応が可能になります。
(3)資材の調達先の見直しと多様化
資材の調達は長く付き合いのある取引先ほど安心で、発注の手間も少なくて済みます。しかし、複数の調達先の利用はリスク分散とコスト削減につながります。取引先の管理や発注作業に時間をとられたくない場合は、デジタル購買の利用で解決です。広範な調達先をひとつのプラットフォームで比較検討できるようになります。また、ITツールによる在庫管理は、資材在庫を適切な状態に保つことができ、在庫切れのリスク回避とコスト削減を実現できます。
<ここまでのポイント>
・スライド条項があっても、必要なタイミングで適用できなければ意味がない。
・工事原価と利益をリアルタイムに把握できると、利益確保のための手を打てる。
人手不足への対策
中小規模の設備業では従業員数が少ないにも関わらず、業務分担の厚い壁があり、工事部門、特に施工管理者や見積担当者に業務が集中しているようです。人手不足への対策として、デジタル活用によって現場業務の支援体制をつくり、残業削減をめざす方法が考えられます。労働環境の改善やデジタル活用した教育体制など、若手人材にとって魅力ある職場づくりへの効果も期待できます。
(1)現場支援体制の整備で現場業務を効率化
デジタル化、DXは、現場業務の効率化にも貢献します。タブレットやスマートフォンを活用した施工管理、ドローンによる測量・検査の自動化、AR・VRを活用した施工シミュレーション、AI による施工計画の最適化など、さまざまな場面で効率アップと労働時間の削減が期待できます。また、情報の一元管理やシステム導入による標準化によって、現場業務を支援する体制がつくりやすくなります。
そうした流れで注目されているのが「建設ディレクター」という、現場業務を支援する職種です。ご存じの通り、大手ゼネコンには「事務担当者」という職種があり、経理・会計、法務、総務、労務などのあらゆる面で、工事担当者が工事に専念できるようマネジメントする役割を担っています。
建設ディレクターの役割は、施工に関する各種データの整理と処理、提出書類の作成など、施工管理に付随する事務作業を全般的に担当するイメージです。現場とオフィスをつなぐポジションで、工事担当者が現場業務に集中できるようサポートします。リモートワークでも対応できる仕事が多いため、女性活躍の場として広がることも期待できます。
(2)採用力の強化
建設業の担い手不足には国ぐるみで対策が考えられていますが、認知度がない中小規模の建設業者の採用は容易ではありません。採用市場における中小企業の強みは、経営者の意思決定があればスピーディーに対応できることと必要な採用人数が少ないことです。
採用ターゲットとなる若者世代は自分らしさを保ちながら、安心して働ける会社を選ぶ傾向があります。「働きやすい職場」「長く安心して働ける会社」をアピールすることで、競合する求人企業の中で存在感を示せます。
デジタル化は若手人材の採用にもプラスの効果があります。デジタル活用で柔軟な働き方を実現し、働きやすくなった工事現場は、若手にとって魅力的な職場となり得ます。また、デジタルツールを活用した技術指導や研修で学びやすい環境を実現することで、成長意欲の高い人材にアピールできます。
<ここまでのポイント>
・デジタル化とクラウド活用によって、現場業務を支援する体制がつくりやすくなる。
・デジタル化は若手人材の採用にもプラスの効果がある。
3つの課題解決に貢献するDX
建設投資が伸びて発注量は増えても、労働時間の抑制と人手不足で受注可能件数が減少、物価高騰で利益確保が難しくなっていることがわかりました。これらの課題解決には、受注件数を伸ばして損益分岐点を超える方針と収益性を高める方針が考えられます。
デジタル化・DXは業務の効率化だけでなく、新たなビジネスモデルの創出、柔軟な働き方や残業削減にも貢献します。さらに経営状況が可視化される、意思決定のスピード感をアップします。
資金力や人材が少ない中小企業には、段階的に進めるスモールスタートが適しています。デジタル化・DXは、市場での競争力を維持するためには不可欠な取り組みです。まずは業務を棚卸し、自社の課題を明確化することから始めてみましょう。